幸せの価値判断

「地位財」と「非地位財」という言葉があるらしい。
Daniel Nettle (著) のHappiness: The Science Behind Your Smile で、人の幸福に関わる要因が二つに分類出来るということで登場した言葉のようだが、「地位財」が、その名の通りステータスを重んじ、他と比較して満足感を得る相対的なものであるのに対し、「非地位財」は、他との比較ではなく絶対的な尺度をもとに得られる幸せらしい。気障っぽく聞こえるが、愛や自由、健康や自主性がここに含まれるらしい。

お金で買えるものは、ほとんどが「地位財」にあたるのだろう。お金なんて、あればあっただけ使いたくなるし、いくら儲けても孤独感があると満足といえない気がする。仮想通貨に投資してからというもの、2ヵ月前とすでに価値観が変わってきている。380万円の仮想通貨への換金で、嘘かホントか現在6倍以上の価値になっている。2ヵ月前は、銀行の振り込み手数料の数百円にケチケチ文句を言っていたのに、昨日なんかは、半日で4百万円ぐらい上下して、金銭感覚がおかしくなりそうだった。
仮想通貨とはよくいったもので、バーチャルな価値なので、実体経済のお金に換算しようとすることがそもそもおかしいのかもしれない。しかし、人間はお金に換算した場合の金額で、そのものの価値判断をしていることが多い。時には、土地の権利書や、ダイヤモンドなど、ほしい人には価値があるが、いらない人には全く価値がないものに高額なお金を払う。ただ、「非地位財」というものは、自分の価値判断に絶対的な確固たる価値観がなければ幸せがわからない。振り返ってはじめて、あの時は幸福だったとわかることもある。
仕事とお金儲けと出世に力点を置きすぎて、婚期を逃してしまった人、お金持ちでなくても運動会で楽しそうに笑っている親子を見れば、言葉には出さないがうらやましく思うはずだ。但し、家族と楽しく暮らす時間はいくらお金があっても時を戻すことができないので無理だ。そうなると、Time is Money.とはよく言うが、時間こそが一番価値のあるものなのかもしれない。
今は、4人に1人が50歳になっても独身らしい、しかも、50歳を超えてから結婚できる確率は5%以下というから、いかに独身が多いことか。50歳を過ぎても独身の人は、多くの人はお金持ちだ。家族にかけるお金が不要だったせいか、それとも仕事熱心だったのか、人それぞれだが、現在はそもそも結婚したくない人も増えている。よって、家族愛を求めることに幸福感を求めかどうかは個人個人の価値観なので「非地位財」ではなく、「地位財」の方が正解なのかもしれない。

定年後の自分を考えて、早めにセミリタイヤすることも自由を手に入れることで、「非地位財」を得ることだと私は思う。子供の時感じる時間の長さと、歳をとってからの時間の経つ速さが違うのは、生きてきた時間に対するその該当する時間の長さの比率が違うからという。そう考えれば、100歳まで生きるとしても、前半の50年より、後半の50年は感覚的に加速度的に速くなることになる。だからこそ、50歳代で感じる10万円の有難さは、小学校の頃手にした千円ほどの価値しかない。そう考えれば、お金を稼ぐためにに時間を費やすことはとてももったいなく、定年後に何をしたいのかを考えて、早く準備することが大切だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


*