ロボットのいる生活の未来

AIが浸透して、ロボットが珍しくなくなった。
小さな頃から将来は、ロボット社会になると思っていた。それにしても、いろいろなところにAIと呼ばれるものが搭載されてきている。
IoTにも搭載され、小さな頃思い描いたロボコンのようなロボットは、生活の中では、ただかっこいい家電でしかない。とはいえ、ペットロボットは、動く人形ロボットのようにかわいいから、まだまだこれからいろんなバリエーションが出てくるのであろうが、現在は、まずAI搭載ということがロボット家電の前提条件のようになってしまっている。
AIといえば、ディープラーニングのイメージがあるが、生活家電がディープラーニングのような機能を持っているとは思えず、安易にAIをいう言葉を使いすぎという気がするが、お掃除ロボットとかを見ると、ちゃんと部屋の間取りとか学習しているので、機械学習の機能はついているんだなと思う。
これほど、ロボットが賢く、身近になってくると本当に近い将来、人間があまり仕事をせず、面倒なことはすべてロボットが代替してくれる世界が来そうな気がする。しかも、ハードウェアのロボットでは、生産工場の整備が必要だが、RPAのソフトウェアロボットは、いくらでも手軽に量産できるから、在宅勤務が当たり前になれば、家庭でロボットを生産する人が増えるだろう。
しかも、ビルゲイツの言葉じゃないけれど、将来ロボットに仕事を任せるのが当たり前になれば、ロボット税が作られ、ロボットに所得税を納めてもらう時代が来るかもしれない。そのなる前に、とにかくソフトウェアロボットを量産してしまおうということで、駆け込み需要ではないけれど、ここ2、3年の内はソフトウェアロボットの制作が各企業で必ず流行るはずだ。

そして、ソフトウェアロボットが流行れば、人間によるキーボードやマウスの操作は、会社では不要になるのでそもそも会社にあるPCが不要になる。多くのサーバもクラウドに移行されていくから、会社の事務所自身がバーチャルでよくなる。よって、本社がリゾートホテルや、スキー場の近くなんていう会社が当たり前になるかもしれない。
さらに、その先では、ロボットがロボットを量産するようになるから、管理する人のの役割も減り、人々はベーシックインカムで生計を立て、会社組織に所属しない人も増えているかもしれない。
遊ぶことが仕事になってしまった人間は、旅行などの遠出も面倒になり、リモートで行先の冬山とかのロボットを借り、疑似体験のデータを見て、その匂いや音なども再現してもらうことで満足してしまう。そのうち、自分が体験したこととロボットが体験したことの区別が分からなくなり、人間の身体は、どんどん退化してしまうかもしれない。そのなれの果てが、よく宇宙人の画ででてくるのっぺらぼうな目のでかい生物のような形なのかもしれない。
今は、勤労が義務のイメージで育てられたので、働かなくてよい時代に、人間は生き甲斐が見つけられるだろうか?
もちろん、いろんな生き甲斐が見つけられることを願っているけれど、ベーシックインカムが当たり前になった世界では、その生き甲斐はお金のためではなくなってほしい。ただ、お金以上に欲求を満たしてくれる満足感はいったい何をすれば得られるのだろうか?そのころまで生きて、この目で確かめたいものだ。

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