嘘をつかない、約束は守る

あるおじいちゃんが、孫に「嘘をつかない、約束は守る」ということは、勉強ができることより大事だと何度も教えたと自慢していた。

昭和の人間であれば、この言葉に違和感はない。しかし、多様性が重要視される今の時代、何が一番大事かは、その人の環境によって優先度は異なるはず。

小学校だから当たり前だと思う人は、すでに認知バイアスに侵されている。昭和の洗脳から抜け出せていない。

もちろん、「嘘をつかない、約束は守る」ということは基本的に間違っていない。詭弁にきこえるかもしれないが、「嘘をつかない」ということは、たとえば「空気を読むな」と命令していることにもなる。普通の人間であれば、上司の言うことが間違っていると思っても、わざと上司を怒らせないように、自分に嘘をついて従う。つまり、社会に出て生きていくには、ある程度嘘をつかなければ生活できない。

約束は守るもそうだ。「また来てねー」と言われたので、「はい」と答えれば約束したことになる。それで、苦手な相手でも約束だからまた無理して行くと、相手から空気の読めない奴だと思われてしまう。

人間は、嘘をつけるようになったからこそ、他の動物とは違うといわれている。

「嘘とつくな」と言ったり、「空気を読め」といったり、これではそう教えられた子供たちはどっつち選べばよいのか、わからないだろう。最近の若い人に空気を読まず、自分の信念に従って嘘はつかず、目上の人にも意見するというのは、本来正しいのかもしれない。

「嘘とつくな」と言ったり、「空気を読め」といったり、これではそう教えられた子供たちはどっつち選べばよいのか、わからないだろう。最近の若い人が空気を読まず、自分の信念に従って嘘はつかず、目上の人にも意見するというのは、本来正しいのかもしれない。

そのような場合、昭和の老人は、「目上の人への口にきき方も知らないのか!」とよく怒るが、年上の方が偉いという教育も単に洗脳されているだけで、なんでも自分の言うことが正しいと押し切る人達は、実は、嘘がつけない教育により、単に空気が読めないだけかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


*